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...and the angel weep 1

ID:dV4TChNu 氏
春の終わり、銀様は窓際に設置している椅子に座って外をみている。
「立派な羽があるんだから、外へ飛んでいかないの?」とある日俺はきいた。
「もういいのよ」そう短く応えてすぐ外を眺めてしまう。
銀様は昔のことを時々俺に話してくれた。
銀様や他の妹達のこと。アリスゲームのこと。以前にアリスゲームが始まったが、アリスが誕生しなかったこと。
それはもう50万時間前であることも。それ以来、銀様は他の姉妹と一緒の時代に目覚めることがなかったこと。

「寂しくないの?」聞いてから後悔した。
長い間、誰一人自分をしる者などなく、ただ一人でいきてきたのだから。
「この時代も目覚めているのは私一人だけみたい」寂しさを感じさせない声で銀様は続ける。
「バカな妹達はどうしてるんでしょうね。もし、まだ壊れていなかったらお話だけでもしたいわぁ」
とそう言ったっきり黙ってしまった。


水銀燈という名前の人形が来たのは春が本格的に到来した時だった。
ある日大きな鞄が届いていた。郵便として届いた、というわけでもなく、ふと気が付くと居間に置いてあったのだ。
俺はおそるおそる鞄を開けた。
中を見て、まずハッと息をのみ、次に息をするのを忘れるぐらいに見惚れてしまった。
目に飛び込んできたのは真っ黒な衣装に、光を反射するかのような銀髪。そして目を閉じている、彼女の横顔。
本物の人間かと見間違えるほどで、体の大きさや、チラリと見える手首の関節から、それは人形なのだと理解した。
胸が高鳴り高揚している。
この人形の体を持ち上げようとしたが、あまりに綺麗で触れることすらできなかった。
僕がこの人形のゼンマイを巻いたのはつい先日のこと。春の終わりだった。


「どう?紅茶おいしい?」「おいしいとは言えないわねぇ」
窓際に向かい合って座って紅茶を飲んでいる。
テーブルも、椅子も銀様が窓際を好んだので移動したのだ。
コトリと銀様はカップを置いた。
「インスタントしか作ったことないんだよ」俺は笑いながらせめてもの言い訳をいう。
「あら?そうなの、じゃあ後で教えて上げるわぁ!」
「宜しくお願いいたします」とふざけて大げさに頭を下げながら言う。
フフ、と銀様の笑い声が聞こえた。

銀様が来てから、僕の生活に午後のお茶という項目が加わった。
ただ、このように話を交えながらちびちびと紅茶を飲むだけなのだが、毎日この時間を楽しみにしている。

「ねぇ」銀様が話を切り出す。
「貴方のお喋りはたのしいけど、どうして初めて私とあった日は何もしゃべらなかったの?」


俺は決心して人形を抱き上げてみた。知り合いの赤ちゃんを抱っこしたみたいに腕にずしりとくる重さだった。
そして鞄にぽつんと残されたゼンマイをみつけた。西洋のカラクリ人形なのか。とただそれだけ思って、動かしてみようと思った。
ゼンマイを差し込む場所を探した。慎重に落とさないようにしながらなので骨が折れる作業だった。
ようやくそれを腰のところに見つけることができた。
ゼンマイを差しこんで何度も巻いた。どんな動きをするのだろうと動き出すのを待った。
抱きかかえたまま待っていたのだが、一向に動く気配が無い。
壊れているのかな・・・・。覗き込んだときだった。
人形の目が開き、その目が俺と合った。

動けなかった。その目に吸い寄せられるような感覚だった。
呆気にとられている俺の腕の中から人形は、ひょいと軽く降りる。
そして辺りを見回し始め、近くの窓をふと見る。
「ねぇ」人形が喋りかけてきた。
「ここに椅子をもってきなさい」何がなんだか分からない。
混乱とはまさにこのことだろう。何も考えられない故に、俺はその人形の言うとおりに椅子を運んで、それからしばらく立ったまま呆然としていた。
「テーブルもここにおいてちょうだぁい」
「あ…はい!」とつい返事をした。テーブルを移動させているときに理解する。この人形は生きているのだと。


「あれはびっくりしたからだよ。というより、誰だってああなるよ」
「まぁ、そうよねぇ。でもだからといって一日中喋らなかったのは貴方が初めてだったのよぉ?そんなに驚いたのかしら?」
再び銀様がカップを取り、口へ運ぶ。
「いや、ちょっと気持ちの整理がつかなかっただけだよ。ついに俺はおかしくなったのかって」
開け放った窓から丁度良いぐらいの風が吹き込み、カーテンと銀様の髪をかすかに揺らす。
「もしあの時、貴方がしつこく話しかけてくるようだったら出て行こうと思ってたのよぉ。あんまりウルサイ人は嫌いなの」

俺は紅茶を一口飲んだ。液体が喉に詰まるという理解しがたい状況に陥りかけたが、なんとか嚥下した。
「だからって急に無口にならなくってもいいのよぉ?貴方と話すのはそれなりにおもしろいし」
俺の表情がよほど強張っていたのか、銀様は小さく笑いながら言った。
「そ…そうかな…」「それにちょっとお父様に……似てるから」
最後なんと言ったのか俺は聞き返そうとした。
すると何故か顔を赤くしたような銀様が
「な、なんでもないわぁ!…そう、今から貴方にお茶の淹れ方教えて上げるわぁ!!」
と早口に言って、早速台所に向かって手招きしてくる。
その日は銀様に基礎から色々と教えてもらうことになった。


アリスになる。そしてお父様に抱きしめてもらうの。そう強く、強く思い、願ってきたモノが、今は不思議と望まなくなってきた。
いったい自分はどうしてしまったのか。自分が50万時間前に成せなかったことへの罪悪感なのか。
いつの間にか私は口ずさんでいた。はるか遠い昔のこと。そのメロディーは私が聴いていた歌だった。
幾度となく聴いた歌。
もっと歌ってよ そうお願いしたこともあったわね。

守りたい。そう初めて思った。
とても近くに居てくれた彼女を想う。
「ねぇ水銀燈。私の命を使って…」彼女の声が聞こえる。
まだ覚えている。
ただ…顔が思い出せない。
どんなに貴女のことを思っていても、浮かぶのは声だけになってしまった。

「メ…グ……」
私は自分が涙を流していることに気が付いた。

私は、貴女であるこの歌を唄い続ける。
貴女を思い出せないのならこのままなくなってしまえとばかりに。


にぎやかな蝉の声、それもいつの間にか消えて秋の到来を感じさせる
俺は日課の一つの、銀様のゼンマイを巻いていた
日課というほどのものじゃないし、俺も喜んでやっているので語弊があるかもしれないが…。
毎日見ているというのに、こういうときに限って銀様の腰をみるとドギマギしてしまう。
気恥ずかしさを紛らわすために話しかける。
「銀様。アリスゲームがもう一度始まったら、今度はアリスになるの?」
そうねぇ…と少し間をおいて銀様が話し出す。
「もし始まったらアリスに絶対になるわぁ。もし次があればの話だけどね」


ゼンマイを巻き終え、くるりと白銀の髪を揺らし振り返った銀様が言う。
「私が動かなくなったらどうする?」


「私が動かなくなったらどうする?」
そんな事を不意に冗談みたいに言った銀様に
「そうだね…それでも銀様のゼンマイを巻くのと、お茶をするのはやめないかな」
と笑いながら答えたが、その日はなんだか味気の無い日に感じてしまった。
銀様が来るまでは、何が面白いのか分からない日常を過ごしてきた。
しかし、いまはこうやって銀様と話をするのが何よりの楽しみなのだ。
――楽しみじゃない、生きがいといっても過言ではないほど、現在の俺は銀様に依存している。


まぁ、銀様もただちょっと言ってみただけだ。別にたいしたことじゃない。
そう言い聞かせ、時計を見ると夜の12時を過ぎて、25分だった。


聴きなれた歌のフレーズが聞こえる。でも何と歌っているのか分からない。
そのリズムは覚えている。…とても、大切だった気がする。

「水銀燈……」
少女の声。
「私の命を使って」
相変わらず顔が浮かばない。
そこだけ白い靄がかかっている様だ。
いや、それだけじゃない


歌。
この歌はなんと唄ってたっけ
この女の子は誰だっけ


それは冬の始まりだった。
俺は目が覚めるといつものようにすぐに居間に向かい「おはよう」と声をかける。
いつもはもう椅子に座ってるか、一人で紅茶を淹れたりしてカップを片手に返事をしてくれる。
だが、返事がない。銀様の姿もなかった。
嫌な気がした。そりゃそうだ、今までこんなことはなかったのだから。
鞄をそっと開けてみる。
銀様は静かに眠っていた。
俺は開けたときと同じようにそっと閉める。


ほんとにかすかにしか思い出せなくなってしまった。
あの少女のこと、今までのことも。
何を忘れたか忘れてしまうのがとても怖い。
私は、ローゼンメイデンの第一ドールの水銀燈であるというということは覚えている。
でもそれはただの名前。私を表す記号でしかない。
このことも、そのうち忘れてしまうのだろうか。
もし覚えていたとしても、名前だけしか知らない私をお父様は抱きしめてくれますか?

私が壊れても、貴方は私を必要としてくれますか?


昼になっても銀様は起きてこなかった。
鞄を開けて「昼ですよー!」と言っても起きない。
まるで赤ちゃんみたいに体を丸めて、両手を胸に引き寄せて眠り続けている。
ゼンマイを巻けば起きるかもしれない。
そう思い、銀様の体を抱きかかえる。
だらんと垂れ下がった腕や、まるで死んでいるような顔をみて嫌な汗が出てきたが、ゼンマイをキリキリと巻いた。

ゆっくりと赤い目が開き、覗き込む俺の顔を映す。
「あら……ゼンマイがきれちゃったみたいねぇ…。ごめんなさぁい」と自分で立ちながら言う。
「おはよう銀様」
銀様は、おはよう。とすっかり昼を指している時計を見ながら照れたように返した。


最近は肌寒くなってきたので温かいものが益々おいしくなってきた。
以前に銀様に淹れ方を教えてもらってからというものは、自分でも驚くほど紅茶の味が変わった。
ミルクの変わりにコンデンスミルクを入れてみたりもした。
普通のミルクと違って味にまろやかさがでて、ちょっとした発見に銀様と二人で喜んだ。
ここまではいつものような日常だった。

しかし、初めは一日一回だけゼンマイを巻いていたのが、ここ数日でその回数は増えて、俺はいつの間にか銀様に付っきりになった。
最初は数時間おきに、そして今では数十分おきには銀様のゼンマイを巻いている。
何度もゼンマイを巻く俺に気を使ってか、銀様は毎回ごめんねぇと謝っていた。

もうすぐ、銀様との生活が崩れ去る気がして俺はメチャクチャに狂いそうだった。
思いっきり泣きたかった。でも、泣いたとしても何も解決しないし、きっと目を覚ました銀様に笑われてしまう。
だから、必死にそんな感情を飲み込んでゼンマイを巻こう。

俺は椅子で眠そうにしている銀様の前に跪くようにして、銀様の背中にゼンマイを差しこみ回す。
すぐに銀様が眠たそうな声であるが「ありがとぅ」と言ってくれた。
ゼンマイの手ごたえが堅くなり、巻き終えたとき、銀様が椅子の上に立ってそのまま俺の首に腕をまわして抱きついてきた。
「ちょっと…!銀様どうし――」
「ねぇ……このまま」
銀様の声が若干震えている。
俺の顔に当たっている銀様の体も震えていた。
「私を――」

聞きたくなかった、銀様にそんなことを言って欲しくなかった。


「壊して………お願い」