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銀様生活 3

ID:bjaPfkJC 氏(初出ID)
「やっぱり、この季節は梨が美味しいよね」
冷蔵庫から梨を一つと、キッチンの引き出しの果物ナイフとを持ってソファに座る。
ついでに、要らない広告で簡易ゴミ箱も作って準備完了。
「どれぐらい食べる?」
「んー…八分の一ぐらいお願いするわぁ」
「りょうかーい」

梨はおいしいよね。瑞々しいし、あっさりしてて。
梨を手にとって、ナイフを当てる。そのままくるくると回転させて皮をむく。
「ちょっと…手元が危ないわよ」
銀様の心配そうな声音である。
「大丈夫だよ銀様」
確かに、林檎とかの皮むきは他人のを見てるとハラハラするものであ――
「痛っぁああ!!」
「えっ?ちょっと大丈夫!?」
何故か慌てて俺の背中をさする銀様。
「うん大丈夫。嘘だから」
銀様は、バカ…。と呟きながら俺の背中に当てた手を上げて、頭を二度三度叩いてくる。
俺は笑いながらもごめんと軽く謝りながら、種を取り除こうと切っ先を果肉に潜り込ませる。
が、つい力の入れ方を間違えてしまったか。林檎と同じように押し込んでしまった、もちろん梨は柔らかい訳で――

「あ…、銀様、悪いけどティッシュとってくれない?今指を刺しちゃって」
「やぁよ。勝手に自分で取りなさいよ。貴方って口から嘘だけしか出ないのかしら」
刺してしまった左手の人差し指を銀様に見せる。
血がツーと俺の指を伝って流れていくのが分かる。

---

「なんか、恥ずかしいからもういいよ」
それでも銀様は放さない。
「ティッシュで押さえとけば治るからさ……」
されど銀様は放さない。依然俺の指を咥えたままである。
「っていうか、なんで咥えてるの?」
「咄嗟の判断よ。咄嗟の」
あのままだと血が垂れてソファが汚れるところだったわよ、感謝なさぁい。
「もうきっと止まってると思うから放してよ」
やぁよ。
喋るたびに銀様の舌先が傷口に触れて、内側から高温を放つように熱くなる。
その傷口の熱が、僅かな痛みと痺れとを一緒に運んでくるようだ。
上目使いで俺を見て、どう?気持ちいい?とでも言うような顔。…微妙に痛いです。ヒリヒリする。
しかし――こんな事も滅多にない。ちょっと遊んでみようかな?

指を横に持って行ったり、引いてみたりする。つられて銀様の頭も同じように移動。
今度は銀様の口の奥に突っ込んでみる「…んむっ!」可愛い悲鳴を上げる――が、
銀様が奥歯で傷口を思い切り噛んだ!
「人の恩を仇で返すなんて…本当にバカじゃないの!!?」
指を見ると真っ赤だ、先程と同様、もしくは以上の酷さだ。

---

銀様が俺の指にティッシュを当ててくれた。
「貴方があまりにも痛がってるから…」
「心配してくれてるの?」
「違うわよ、バカ」言葉に力が入ったのか、銀様の指に自然と力がはいる。
「痛っ…!」「あ…ごめ、んなさい」
「いや、コレぐらい大丈夫だよ銀様。それにしてもいつも傲慢な銀様が謝るのってなんか違和感…っ痛い!」
一言多いわよおばかさん。
銀様が再び強く握って、俺の言葉を遮る。そして
「バンソーコーでも巻いてあげるわぁ」などと言う。
「それぐらい自分でできるよ。というか遠慮いたします」
俺が丁重にお断りしている間にも、いつの間に場所を覚えたのか、引き出しから絆創膏を片手に寄ってくる。
「なんで遠慮してるのよぉ」「なんと言うか、怖いんだよ銀様」
「あ、そう。……まぁそんなことはどうでもいいわ、ほら、手を出しなさい」
手に持った絆創膏を握り締めながら俺に手を差し出すように要求する。
「いえ、お気持ちだけで…」
「イヤなの…?」

結局この後、銀様に絆創膏を巻いて貰うことになった。
根負けだ。あの少し潤んだ瞳は反則だと思った。しかも、巻くのをお願いした途端に嬉々としていつもの目に戻ったのが尚更である。
「半分は私がやったようなものだから、コレくらいしないと罪悪感で気分が悪いわぁ」とばつが悪そうに言いながらも、これまたチカライッパイに絆創膏を貼ってくれた。
指先が痺れる……。
「銀様…コレ外すよ?」「ダぁメ。ちゃんと止血しないとダメよぉ」
止血どころかこのままだと腐って落ちそうな気がしないでも無い。
銀様に見られないようにそっと外しておこうか…。
「なんか、そわそわしてるわねぇ…変なこと考えてない?」「いや!気のせいだよ!銀様に絆創膏巻いてもらったおかげで(痺れて)痛くなくなったよ!キツくてちょっと痛いけども!」
「そぅ、そうやって感謝されると照れちゃうわぁ」にっこりと笑顔を俺に向ける。
続けて、
「でも、確かにキツくやりすぎっちゃったかしら…ちょっと緩めてあげるから見せなさい」
俺の手首をグイと掴んで引き寄せる。
「あ、やっぱり思ったより強く締めちゃってたわぁ。悪かったわね」そう悪びれずに言いながら、白くなった俺の指に触れる。
銀様は、ぴったり貼った絆創膏の端を、爪でカリカリと何度か擦って立たせて摘まんで剥がそうとする……のだが剥がれない。
一瞬困った表情を浮かべた銀様だが、いい方法を思いついたのか、再び端を摘まんで――

「あ!いや、ちょっと待って銀様。なに『なかなか剥がれないわねぇ!』って言いながら力任せに剥がそうとしてるの!?そんなことしたら傷口がまた…っ!!
やめてっ!ちょ…待っ…!!」

---

「なーんか眠いわぁ?」
いや、俺に聞かれても…寝たら?
ソファに、俺の隣に飛ぶように座った銀様が「うーん」と背伸びをしながら
「じゃあちょっと寝ようかしら」語尾を引っ張りながら、俺の方にゆっくりと上体を傾ける。
俺も膝の上で開いていた本を上げて空いた膝に銀様を招く。
とりあえず横になった銀様なのだが、
「なんだかちょっと高くて寝にくいわねぇ…ヘコましなさいよ」
頭はそのままに、ゆるく拳を作って、俺の膝にポスポスと振り落とす。
「人体の構造上無理だよ…」「夢が無いわねぇ…」
「夢とかの問題なのか?」「さぁ?」
「………」「何よ」
「別になんにもないよ」「そう」


72 :銀様生活:sage 名前ミスはご愛嬌。「穏やかな日々で」 :2007/09/23(日) 11:44:47 ID:yc6a5chr(4)
銀様の顔に髪の毛がかかっていたので、かきあげてやる。
「あ…!」銀様が声を上げた。
「今…もうちょっとで眠れるところだったのよ」「ごめんよ、でもまぁガンバればまだ寝れるでしょう」
「眠気がちょっと飛んじゃったじゃないの…どうしてくれるの?」「んー…じゃあ起きたら?」
「やぁよ」そう言って銀様は寝返りをうった。仰向けになった銀様は、ただぼんやりと俺の顔を見つめる。
ちょっとだけ口角を上げてじっと見てくる。
落ち着かないな…。俺は本を開いて銀様からの視線を防いだ。
が、何も言わずに銀様は本を取って、ポイっと投げ出してしまう。
「貴方、睨めっこのルールも知らないの?」「睨めっこだったのか!?」
「そうよ。ついでに言うと、貴方だけ負けたら罰ゲームよ」「銀様はないの」
「当たり前じゃないの」「……もう寝なさい銀様」
「眠気がなくなっちゃったわぁ」
俺は、そう言う銀様のおでこに指先を乗せる。
そしてそのまま銀様の瞼をそっと撫でる。というのを繰り返す。
瞼を閉じた銀様は、やめなさいとか言ってたけど、数分続けるうちに先程までの眠気が再来したみたいに、
クー。と息を立て始める。まだ寝てないみたいだけど…。
とりあえず俺は手を止めて、目を閉じた銀様を見つめた。
こんな寝顔を俺と言っても、男。そんな野郎に晒すのはちょっと無防備過ぎるんじゃないだろうか。
とは言っても、銀様は人形だけども…。


人形か…。
ここまで個としての意志があるのに、人形と言うのは違和感がある。
人間そのもの…銀様はよく喋るし、よく怒る。俺が怒らせてるんだけどね。
人間みたいな人形の銀様に比べると、きっと俺なんか中身がないスカスカな人間だよ。
妙に虚しくなってきたので、気を紛らわすため、本を読もう。と思ったが、銀様が俺の足元に投げたものの、この格好じゃ取れない。
テレビのチャンネルもテーブルの上である。
参ったなぁ…。

膝の銀様に視線を落とす。
いつの間にか、その赤い目を俺に向けている。
その目は心の奥まで見通されているような気がした。
「…ねぇ、まだ私眠れて無いわよ。家来として仕事をちゃんとなさい」「俺って家来に昇格したのか」
「さぁね」「さぁねって…」
「何を悩んでるのか知らないけど、貴方は、少なくとも私は要らなくなんかないわよぉ?」「……うん。ありがとう銀様」
再び俺は銀様の目を、瞼の上から撫でる。
きっと、少し涙を滲ませた顔を見られたくはなかったから。

「銀様…一つ聞きたいんだけど」
なぁに?
「家来って、報酬貰えるんじゃないの?」
……『タダ働きさせてあげる権利』をあげるわよぉ。
「うわぁ…素晴らしく嬉しくないよ銀様」

そんな午前中だった。

---

「これ、なんなの?」
「あぁ、説明しないとね。いいかい、それは人を殺す食べ物だよ」
「また冗談ね」
「いいや、本当だよ。俺だって昔これで死にそうだったんだ」
俺の真剣な物言いに、銀様がゴクリと生唾を飲む。
「な…なんでこんなもの買ってきてるの……?もしかして誰かを…っ!」
しっ!銀様の口に手を当てて黙らせる。
「これはね…今日食べるんだよ…俺がね」
え?目を丸くする銀様。
今も銀様はそのままの表情で硬直している。
「大丈夫大丈夫。毒とか入って無いし、喉に詰まらせなければ大丈夫だよ」
「なぁんだ…毒が入ってるのかと思っちゃったわよ。てっきりそれで自殺するのかと」なんだか酷いこと考えてるなぁ銀様…。
「ちょっと大袈裟に言ってみました」「ただ喉に詰まらせるなら、他のでももっとあるわよぉ」
「それもそうだね。で、今日は十五夜だから月見だよ銀様」
「月を見るの?」
「そうだよ。ほんとはススキを飾って一緒に団子を供えないといけないけどね」
ふぅん。と、銀様が団子のパックを持って眺める。
「半額シールが貼ってあるわぁ…」「……見なかったことに」

串に白い団子が三つ刺さっていて、その上に餡子が乗ったものを銀様が口元へ運ぶ。
一つ目の半分くらいで噛み千切ってよく噛んでいる。…いま飲み込んだ。
「まだ食べてないの?」「あぁ、今から食べるよ」
手を伸ばして、串を摘まもうとすると、銀様が空いた手で先に掴んだ。
フイッと団子を持ち上げて、俺の顔に突き出す。
「はぁい。口開けなさい」「えっ…じゃぁ……ってやっぱりいい、渡してくれ」
こういうのはやっぱり気恥ずかしいもので。
「なによぉ。私の団子が食えないっていうの?」酔っ払いか?
ほら口あけて…。
俺は口をあける。
銀様が一つならず、団子二つ目ぐらいまで俺の口に突っ込んだ。
「ほぉら、美味しいでしょ。そうよねぇ私が食べさせて上げたんですものねぇ」
俺が喉に詰まらせないように必死な様子を楽しそうに見てから、
銀様は月を見て「綺麗ねぇ」などと言いながらまた一口団子を食べた。

ゴホッゴホゴホ……。
「酷くない…かい?」「前に私にやったでしょ?」
銀様が俺の指を咥えてたことを思い出す。
……俺は小さく頷いた。「本当なら十倍にして返して上げてもいいのよぉ?私の優しさに感謝なさぁい」
前は、指を噛まれて悪化したので、もう仕返しは済んでると思ったが、言って怒らせると怖いので黙っておく。
「綺麗に晴れててよかったわぁ。それにとても涼しいし」「うん」
まさか晴れるとは俺自身思っていなかった。
だから、今こうして銀様と見る月は一層綺麗に見えた。
黒色に一点だけ白く浮かぶ月は、その輪郭も分からないほどに周りを白く照らしていた。
「ただ月を見る行事って、それなりにいいものね」銀様は最後の一口を頬張りながら、美味し。と一人ごちた。
「月じゃなくて、銀様は団子が好きなんだろ?」

蹴られた。

---

「銀様ただいま」
居間の扉を開けて俺が見たのは、銀様がなにやら暴れている姿だった。
「あ……おかえりなさぁ――って、なに逃げようとしてるのよ!」
銀様が赤いジタバタ動くものの上に乗っかって取り押さえている?銀様の体に隠れてそんなに見えない。
とりあえずテーブルに買い足した夕飯の材料を置いて、周りこんで見ると、
いつぞやの、銀様の姉妹の真紅だった。
銀様が真紅の背後から両腕を拘束。そのまま落としにかかりそうな勢いだ。
「水銀燈止めなさい!変な風に見られちゃうじゃないの」「変な言いかたしないでくれるぅ!」
お互い益々ヒートアップするばかりだ。
「いいから、さっさと帰りなさい!それかこのままジャンクになるぅ!!?」
って言うか、取り押さえられてたら帰ろうにも帰れないよ銀様。
とりあえず――
「銀様、折角のお客さんなんだから止めなよ」
「そうよ水銀燈、この人間の言うとおりにするのだわ!」
銀様が顔を上げて、むーとした表情で俺を見る。そして、掴んでいた両手を離した。

まったくこんな事になるなんて思ってなかったのだわ。
ドレスの着崩れを直しつつ真紅がゆっくり立ち上がる。
その一つ一つの動作に、見るからにイライラしながら銀様が邪険に言う。
「で、なに?用件だけなら聞いてあげるわ」
真紅は一瞬俺の顔にチラリと視線を投げかけ、そのまま銀様に向き直って、
「お茶を、飲――」「はい終わりよぉ。帰りなさぁい」
「つれないわね水銀燈」真紅が少し残念そうな顔で言う。銀様に至っては気だるそうな雰囲気を纏っている。
あっ、と真紅が言って、くるりと俺を見る。
「言い忘れてたわ。どうもこんにちわ」
…こんにちわ。
銀様が軽く俺の脚を蹴って「なにこんなおばかに挨拶してるのよ」小声で言う。
「聞こえているわよ水銀燈。…ちょっと人間」銀様とは色の違うキッとした目で俺を見る。
俺ですか?な…なんでしょうか。
「この子の保護者なら躾くらいキチンとなさい」態度が悪いわ。とも付け加える。
これに対してさらにイライラきたのはもちろん銀様だ。
俺を指差し、「いいこと真紅!これはね、私の家来よ!」なんでこんなこと私が説明しなきゃいけないのかしら。
真紅に怒りを向けながら、俺の足を踏むのは止めて欲しい。
それにしても、保護者か…そんなに違わないような気がするなぁ。
「なにニヤニヤしてるのよ気持ち悪いわねぇ」
しまった。つい表情に出ていた!キリっといつものハンサム顔に戻しておく。ん…表現過剰?知らないね。

---

フフフ。そう笑うのは真紅だ。
「そぅ、家来になったのね」楽しそうな目で俺と銀様を見て、続ける。
「今日はその子があまり乗り気じゃないようだし、おいとまするとするわ」今度はちゃんとお茶を用意してね。それじゃあね。
そう俺に向かって言って、テレビの画面の中に入っていく。
と思ったが、真紅が上半身だけ出して、
「今度は翠星石でもつれてきてもいいかしら?」
そう言う真紅を銀様が「さっさと帰りなさぁい!」ぐいぐいと押し込んでいく。


「ちょっと変わった子だけど、いい子じゃないの?」
「前半は概ね同意するけど後半は全然ダメねぇ」
「今度来たらちゃんとお茶を出して、出迎えないとね」
「……えぇ」
「おっ、いいの?」
「もういいわよ。あんなヤツ怖くなんて無いし、隙さえあれば後ろから襲ってやるわぁ」
銀様はそう言いながら両手をを握り締め、ガッツポーズをとる。
そんなに気合が要ることなのか…?

前に真紅と会ったときはあんなに取り乱してたのに、今では…。
俺が買ってきた買い物袋を覗き込んだまま、
「トーフに、ネギ、豚肉に…夕飯なに作る気なの?」尋ねる。
「夕飯は鍋だよ銀様。銀様が来て二人になったし、折角だからね。前はずっと一人だったからすることなんてなかったし」
「別に一人のときでも鍋にすればいいじゃない」
「一人で食べてたら泣きそうになるんだよ」いや、本当に。
「気難しい料理ね」
気難しい人ね。なんて言うみたいに銀様が言うものだから、つい笑ってしまう。
「笑ってる暇なんかあったら、早く下ごしらえなりなんなりしちゃいなぁいよぉ」
「残念ながら、後はこの具材を入れて煮込むだけだから、下ごしらえ終わってるよ」
「…手抜き料理じゃない?」
「いいえ主夫の味方です」
「まぁ時間はあるって事ね。じゃあちょっとこっちに来てよ」

銀様は俺をソファに座らせ、膝の上に座って録ってあったくんくん探偵を何話か見た。


「ご飯まだなのぉ……」
ガスコンロで暖めている最中の鍋を恨めしそうに見ながら銀様が言った。
テーブルに両肘をついて、プー。むくれている。
「まだ全然沸いてもいないよ銀様…それよりも」咳払いを一つ。そして、続ける。
「『今くんくんを見てるんだから動かないでよ』とかって言って、ずっと俺の膝に座ってたやつは誰だったっけ?水なんとかって名前だったはずだけど」
「なによぉ。全部私が悪かったってワケ?」
「うーん…まぁ、そうかな」
俺が苦笑しながら言うと、銀様もクスクス笑い始めた。
「そんなコト言ってると、今度からくんくん鑑賞に誘わないわよぉ?」貴方が買い物行ってる間に、一人で全部見ちゃうんだから。
それはマジ勘弁。

「ねぇまだなのぅ」もう何度目か分からない銀様の問い。
蓋を少し開けて中を見る。あ、気泡が立ってきた。
「もう少しだよ」俺は答えた。

---

銀様の息遣い。
少し乱れた呼吸。
銀様が俺の上に乗って体重をかけ、放し、そしてまたかける。
そのリズムに合わせて、ソファがぎしぎしと軋みを上げる。
「…どぉ?……気持ちいい?」
息を切らした声で銀様が言う。
「う、ん……すご、く気持ち…いい、よ」
銀様が体重をかける度に、俺はその気持ちよさに言葉が切れ切れになる。
一言交わして、再び沈黙。
聞こえるのは軋むソファの音、銀様の「…んっ!」と言う可愛い声の他には、いつの間にか俺の口から洩れる獣のような唸り声だけだ。

ずっと銀様が動いてくれてるのだが、ここで俺が腰を上げてみたりする。
途端に頭上から小さな悲鳴。次いで、
「ちょっと、いま私がしてあげてるんだから動かないでよ」
そういって再び銀様が動こうとする。


が。とりあえずもう十分なので、ありがとう。と一言お礼を言って起き上がる。
背伸びしつつ、上体を左右に捻ってみる。あんなに痛かったのに、嘘みたいに痛みが消えている。
「どう?ちょっとは楽になった」銀様が頭を少し傾げて聞いてきた。
「うん!マッサージしてもらったおかげで全然痛くなくなったよ!ありがとう銀様」
そう言うと銀様が照れくさそうに、
「礼なんて要らないわよぉ。踏んでて楽しかったし…」けど貴方が突然動くからこけそうになったわぁ。
「うんわざと」
バカッ。と銀様が小さく呟いてソファに座る。
ん〜。と背伸びしながら「ちょっと疲れちゃったわぁ。足でも揉んで貰おうかしら」足をピンと前に突き出す。
「え?今?」「今すぐよ、さっさとしなさい」
人使い荒いなぁ。銀様に聞こえないようにボヤキながら跪いて、銀様の足を手にとって親指で強く押し始める。
「っていうか、銀様は凝ったりするの?」「気分よぉ」

…気分なら尚更こんな事をさせなくてもよいのではないか?

「銀様…もう15分はやってるけど、もういい?」「ダメよぉ。全然楽になってないわぁ」その声はとても楽しそうだった。
はぁ…。溜息一つ。銀様の足をマッサージし続ける。
銀様はそんな俺を見て、少し足を上げてくれた。
あ、こっちの方がすごく楽だ。揉みやすいし。
ありがとう銀様――そう言おうと目線を上げてみると…。
白い太股までバッチリと見えてしまっている。
銀様は体に片足を引き付ける様に上げたため、ドレスがその分捲れ上がって、普段露にならない裏太股までもが視界に飛び込む!
俺の視線を辿って銀様が理解したのか、その顔が赤色を帯びるよりも早く、もう片方の足を引き寄せ、
「見るな!!!」と、猛烈な速度で迫るブーツの底………鈍い音。遠のく意識。
最期に…見た、光景……。

---

「じゃーん。どうよ模様替え!」
「……んー、そんなに変わらないんじゃないの?」
部屋中のカーテンを冬物に替えたのを銀様が眺め、素っ気無い感想。
「いきなり冷え込んできたから、慌てて替えたんだけどね。とりあえず、冷気は少しは防げるよ!」
あ、そうなの。と銀様。「…つれないね」俺は少し大袈裟に肩を落としてがっくりしてみる。
そんなことよりも、テレビでも見ましょうよ。とでも言うように、銀様は自分の隣をぽふぽふ叩いて俺を呼ぶ。
呼ばれるままに、銀様の隣に座った。

「ねぇ銀様。そんなにくっ付かないでよ」
銀様は画面に映る、ムキムキのシュワちゃんにどうやら釘付けで、ウットリとした表情のまま
「ちょっと寒いのよ」とテレビから目を放さず答えた。
しょうがないので、俺は小走りで部屋からタオルケットを持ってきた。
「はい、銀様。これでいいで大丈夫?」半分にタオルケットを折って、ソレを銀様にそっと被せ、ソファに座りなおす。
「ええ」小さく頷きながらも、それでも銀様は先程と同様離れてくれそうになかった。

「こうやって居た方が暖かいわぁ」銀様が、何か小声で呟いた。
プレデターの自爆と重なって、全く聞こえなかった。
「え?何か言った?」
「……やっぱりシュワちゃんはカッコイイわぁ。って言ったの」
「…そう」何故かシュワちゃんに嫉妬を覚える俺だった。

---

「今日はなんだか疲れちゃったわぁ」気分もちょっと悪いわぁ。
そう言って銀様が俺を見上げる。
「まぁ、眠ったら良くなるよ。じゃあ、お休み銀様」
そう言って俺は銀様に毛布(冬用)をかけて居間から出る。
というやり取りはほんの5分前。
自分の布団(冬用)に潜り込んで、今年初のふかふか感を満喫、すぐに眠りに――意識を失っていく。

え?何これ!?
急にかかる胸への重みに目を覚ました。金縛りか!?にしては、両腕は動く。
その時、スっと暗闇から銀様が顔を出した。
俺の体の上に本当に乗っかっていたのだ。そりゃ少し息苦しい訳だ。
ふかふか布団越しに、銀様がゆっくりと這うように上ってくるのが伝わってくる。
「ぎ…銀様ぁ!?な、なん…なの?なにか、用でもあ、ある…の!?」
銀様は何も言わない。俺の顔に銀様の髪の毛がバサバサかかって、滑らかな感触を残していくが、そんなの堪能できるかっ!
丁度俺の頭の真上に銀様の顔が来て、ようやく銀様が口を開く。「ねぇ――」
銀様の手が、俺が首元まで被っている布団を乱暴に引いてずらす。
その両手が、俺の首を絞めて一瞬で壊してしまうような凶暴さで、愛おしく撫でるようにそっと。白く細い指でもって絡みつけてくる。
息苦しさを感じながら、飲みにくい生唾を俺は飲み込んだ。
銀様の銀様の顔が徐々に俺に近づいてくる。
同時に、俺の首にかかる力も少しずつ増してゆく…。
息がかかる程近くで、「ねぇ」ともう一度銀様が口を開く。
「貴方…本当は私にこういう事をシテ欲しかったんでしょう?」
俺の首に絡んだ指が、パジャマ越しに首元から胸へと――下方へ移動していく。
ギラギラとしたオーラを放つ目が、暗闇に赤く二つ浮かんでいて、俺を殺さんとばかりに見つめている。
「ぎん、様…止めないと、いくら俺、でも怒るよ」軽く咳き込みながら俺は言う。
ピタリと銀様の手が止まった。
「そぉねぇ…順序的にはキスの方が先だったかしらぁ?」
チロリ。銀様の薄い唇から舌が姿を覗かせる。
そのまま俺の顔、口へと銀様のが近づいてくる!
「ちょっと!銀様!ストップ!ストップです!!」

---

「は?。」力の無い銀様に、思わず俺が上げた声だ。

呆気に取られて動かなかった俺の両手よ!動け!!そう念じて必死に手を出して銀様の顔を止めることに成功した。
成功したのだが、まるで何かのスイッチが切れたように、銀様の体から力が抜けて、コテンと俺の首元に自らの頭を落とした。
「銀…様…?」呼んでももちろん動かない。
俺は銀様を隣に丁寧に寝かせて、慌てて部屋の電気を点ける。
銀様の激しい胸の起伏と、息遣いを確認。
もしやと思い、銀様の額に手を当てて…「熱っ!!」と結構な熱を確認した俺。
チラリと見た時計で、今が午前3時前だということが分かった。

すこしカーテンを開けてみた。
窓からは、太陽光が容赦なく差し込んでくる。
あれから眠っていないのにも関わらず、俺の体内時計がその光に反応。健康的に眠気が何処かへと飛んでいった。
銀様の額の冷えタオルを替える。起こさないようにそっと動いたつもりだったが…。
「…おはよう銀様」
「……おはよ、う」

ベッドの方がちょっとは寝心地がいいだろうと思い、銀様は俺の部屋で寝かせている。
パタパタと俺は小走りに台所と部屋とを走り回るハメになるが、銀様のコトを思うとそんなのどうでもいい。
ホットミルクを飲み終えた銀様が、物置から出してきた簡易椅子に座っている俺に話しかけてくる。
「昨日ね、嫌な夢を見たのよ」
どんな…?と聞くまでもなく、銀様が続ける。
「貴方の部屋に来て、こう、首を絞めて脅かそうとするの」
両手を上に伸ばしてワキワキと指を動かすジェスチャー付きで説明してくれる。
非常に分かりやすい。首を絞めるのはどうかと思うが…。
「それでね、貴方のちょっと驚いた顔がちょっと可愛かったから、それで………」
銀様が一瞬停止する。
口元はニヤニヤと話している時のまま、目だけは変なことを思い出したのか見開いて…。
「それで、なに?」俺も銀様と同じようなニヤニヤとした表情で聞いてやる。
あっ。と銀様が言った後、「さっさとカップ洗って紅茶淹れて来なさぁい!紅茶!!」
そう叫んでコップを俺に強引に渡して、布団を頭まで被る。
…あ、逃げた……。

---

銀様と同じく、俺も紅茶をちょっとづつ飲む。
銀様は、「もっと砂糖ないのぉ!?」と言ったのでスティックシュガーを何本か持ってきたら2.5本ほど投下した。
本人曰く、甘い紅茶がなけりゃやってらんないわよぉ。
らしい。ヤケ酒か。と言いたい。
俺は銀様の残した0.5程の砂糖を入れて、今に至る。
「それにしても意外だなぁ」
銀様が俺に向いて、一度首を傾げてから、
「ドールなのに風邪をひくっていうのが?」
と、俺が言いたいことをバッチリと当ててきた。
なんだか悔しいので、
「いや、バカは風邪をひかないっていう言葉についてね」
「ちょっとこっち来なさぁい。殴ってあげるわぁ」
丁重にお断りをして、また一口紅茶を飲んだ。

「いままでこんなことなんて無かったわぁ。なんでかしら」
「…知らないよ」
「きっとこれは気持ちの持ちようだと思うの。治そうと思えば、今すぐにでも治ると思うわぁ」
「是非とも、今すぐに治して欲しいよ」
タオルを替えながら俺は言った。
「やぁよ。折角熱が出たんだから堪能しなくちゃ」病人の言うことは絶対なのよぉ?とも銀様は言う。
「病気じゃなくても散々言うこと聞かされるんだけど…」
「そう?それは気のせいよ」
キッパリと、スッキリとした顔でいいやがる。
熱治ってるんじゃないのか…?……いや、まだ熱かった。
心の中で舌打ちしながら時計を見る。時刻は正午10分過ぎ。
ランチタイムだ。
「何が食べたい?」
「オムライス」
「銀様は病人だからお粥ね」

「そんなにジロジロ見ないでよ」口元がニヤついているのを悟られないように、神妙な面持ちで俺が言った。
恨めしそうな視線を俺に飛ばしつつ、ぞぞっ。とお粥を銀様は啜る。
そんな銀様を見ながらのオムライスは、また味が格別だ!
ケド、ちょっと可哀想に思えてきた。
「ちょっとだけ、食べる?」
(どういう反応かは分かると思うので省略)
「病人なんだから食べさせなさいよぉ」
先程まで自分でお粥を食べていたとは思えない発言であるのだが。
「はい、あーんして…」
空いた銀様の口に放り込んでやる。
あぁ、やっぱり卵にバターを入れたらとてもマロヤカねぇ…!嬉しそうにそう呟いて
「はい、お粥ちょっとだけあげるわぁ」
と小さいスプーンで掬って俺に向けてくる。
「いや、全然いらないから」
「なによぉ…折角なんだから食べなさぁい」
「俺がそれ食べたら、オムライスもう一口ちょうだい。って言うんだろ?」
図星だったのか、固まる銀様をみて苦笑いを浮かべる俺。
「もうお粥早く食べて寝てくれ。嫌でもすぐに治るよ」
「意地でも治さないわよぉ」
「どうしてさ。銀様の好きな料理とか食べれないよ?」
そういい残して、再び銀様のタオルを冷やすため、キッチンへ向かう。

キッチンへ向かった俺に、
「病気だと、貴方がずっと私の傍に居てくれるもの。本も読まないで話してくれるもの」
病気わいいわねぇ。いつもより誰かが優しくしてくれるわぁ。
呟く声は、俺には届かず、その部屋にこだまする。

銀様の健康な体との闘いは今も続いている。

---

おまけ
「なぁ、熱下がってるんじゃないの?」
「ホントに?それが熱が下がっていると証明できるの?無理よねぇ無理。証明できなければ完治したとは言え」
「ほら、体温計で計るから」
「………」
俺が冷えたタオルと一緒に体温計を持って部屋に戻ってきた時の出来事であった。



361 :銀様生活:sage :2007/10/23(火) 21:41:06 ID:59vegkQM(3)
「やった!終わった!終わったぞぉおお」
体の奥から込み上げてくる達成感に打ち震えながら、雄たけびににた声を上げた。
「はぁいご苦労さまぁ」両腕を上げた俺を軽く一言で流し、銀様が早速コタツに半身を入れる。
足入れただけでポカポカよぉー。と、まるで子供みたいに嬉しそうに言う銀様を見ると、思わず笑ってしまう。

今日は朝から大変だった。それもそうだ。
前回はカーテンだったものの、今回はカーペットから机まで、全部冬物に替えたのだから。

「カーペットがフカフカぁ…このまま……眠れるわぁ………」
横になって、穏やかに意識を失いそうな銀様を、足で小突いて場所を開けてもらって、隣に座ってみる。
俺が足で蹴った報復として、銀様がピンポイントで俺のわき腹を抉るように拳を繰り出してくる。
痛がりながらも無視しつつ。
懐かしいカーペットや、コタツの温さを確認。
うん。ちょっとテレビに近くなったけど、問題は無い。
キッチンへ向かい。つい二日前に買って放置していたみかんのダンボールから、数個みかんを取り出して再びコタツに戻る。
今年の冬もコレでぬくぬく過ごしながら、みかんを味わえると思うと、嬉しくてたまらない。
ただ一つ。
今年は銀様が居るのでコタツを独占される危険も出てくる。
それどころか、銀様の食い意地的に。みかんが数日で根絶される危険性もあるのだ。(本人に言ったら間違いなく殺られる)
憂鬱な気分に浸りつつみかんを置いて座ろ――。
って早速一個取られた!!

「銀様。今年はちょっとみかん高いみたいだし、あんまり食べないで貰えたら嬉しいな!」
「なによお。まだ一個取っただけじゃないの」けちね。唇を尖がらせて文句を言いながらも、皮を器用に向いて、あっという間にヌードみかんの出来上がり。
一粒パクリと食べて、甘いわぁ。と銀様は幸せそうに表情を緩めて言った。
「貴方も一緒に食べないの?」「いや、食べるけどさ・・・」
銀様が俺の方を向いて「食べたいなら早く口を開けなさいよぉ」少し照れ気味な表情だ。
「はい、いただきます」みかんを一粒摘んでこちらに差し出して来るのを、何故か改まって返事をする俺。

今年初のみかんはとても甘くて、どこか幸せそうな気分になって・・・
「銀様が食べさせてくれたからかな、凄く美味しいよ」
「もともと甘いからよぉ」バカじゃないのぉ。
銀様は顔を赤らめてみかんを食べ始めた。
まぁ、みかんは無くなればまた買えばいいか。
銀様に食べさせてもらうのも悪くない。
隣を見るといつの間にか二個めに突入する銀様。
「銀様に、も一個たべさせてよ」
みかんのほのかに酸っぱい香りと共に、「やぁよ」と即答で返ってきた。

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昼下がり、丁度良い気温だったので窓は開けたまま。
差し込む日差しの、ほの暖かさに、うつらうつらしながらもソファにて本を見る。
俺の右半身にかすかな重み。銀様が頭を預けてきていた。
どうしてもこの本は一気に読みたかったが、俺の気力もここまでだ。
栞を挟んで、ハードカバーを静かに閉じた。
その本の表紙には「オセロー」の文字。
ついさっきのやり取りに俺は苦笑する。

「それも良いけど、リア王も捨て難いわね、とても」
隣から本を覗きこんできて、銀様が呟いた。
「銀様この本読んだことあるの?」いいえ、ないわよぉ。銀様はそう簡単に答えた後、
「読んだことは無いけど、観たことならあるわぁ」と続けた。
「観た。ってもしかして劇を!?」「そぅよぉ。やっぱり言い回しがとても良いと思うの。ただその人の創る話は、暗い話ばかりで大分疲れたわ」
悲劇作家だからね。少し笑いながら俺は言った。
すると銀様は、「ねぇ、これの結末知ってる?」俺が持っている本を、ゆっくりと指でなぞりながら、悪意を含んだ笑みを浮かべてすり寄ってきた。
「まだ途中だから言わないでね」「結局オセローが・・・」

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素晴らしく、晴れ晴れとしたネタバレ以外のなにものでもないネタバレだった。

そんな事を思い出しながら、本を膝に置こうとしたが、慌てて手を止めた。
銀様が俺の膝に手を置いたままだったからだ。読むことに集中していたのと、眠気とで気付かなかった。
シェークスピア大先生には悪いが、床に置いとくことにした。

「ロミオとジュリエットはどうだった?」オセローのあらすじを言い終えた銀様に聞いた。
嫌がらせを終えて満足顔の銀様。その顔が一瞬曇った。
「人間はあれを観て泣いていたけど、私には分からなかったわぁ。
きっと本当の意味で愛したり、愛されたりする事自体、経験がなかったからかしら」
遠くを見つめながら、銀様の話は続く。
「お父様も私を創っている間だけは愛してくれたのかもしれない。けど、私は所詮ただのお人形なのよ。
そこに本当の意味での愛なんて在ると思う?
それに私自体が作りものだから、きっとこの気持ちですら作りもの以外のなにものでもないのよ」
淡々と、そんなことを言う銀様が悲しかった。
只、否定もできなかった。銀様が今までずっと、長い間考えてきた答えのようなものなのだから。

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少しの沈黙。
しばらくして「銀様は、今の気持ちはどうなの。作りものだと思う?」
微かに首を横に振って「でなければ嬉しいわね」とだけ答えた。
「いい天気だしちょっと眠りなよ。気分も善くなるよ」

と言ってから10分も経ってない。
銀様は見ての通り、既に寝ちゃってるし、俺も結構フラフラしてきた。
銀様は切り替えがはやいのか、なんなのか・・・。
ぽつんと置かれた銀様の右手に、俺はそっと手を重ねる。

銀様のお父さんは、人間だのドールだの、そんなものから鼻歌混じりに飛び出して、銀様を愛していた。いや、愛しているはずだ。
でないとこんなにも美しく、前向きで、ちょっと後ろ向きな銀様を作れるはずがないだろ。
ただ俺はいつかあなたを越えるほどに銀様を・・・。
という決意もあと数十秒で意識と共に堕ちてゆく。
起きたらきっと今日の夕飯作りに忙しいだろう。
でも、どんなに忙しくても、この決意は忘れない!・・・といいな。
夕飯の献立に埋もれてしまう事を予想してしまったが、そのことを忘却するため寝てしまおう。
今ならスゥーと。一瞬で眠れる気がするので目を閉じた。

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おまけ


「妙に気分がよくなったわぁ」何か手伝うことなぁい?
と、夕飯の支度をする俺に、すがすがしい表情の銀様が言う。
特にないよと返事をすると、「じゃあここで見ておくわぁ」だそうだ。

「なにか忘れてる気がするんだよなぁ」首を傾げて考えてみる。
じゅうじゅう音をたてて、特売のステーキ肉が時々肉汁を飛ばしながら、目下、順調に焼けている。
「ガーリック忘れてるんじゃないの?」「それだ!」
いや、これでもない気がする・・・。

「あっ!私ミディアムレアでお願いするわぁ」
少々遅すぎる注文に大慌てで対処する俺。
そんないつもより賑やかなキッチンでの話。

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家中隈無く、掃除機をかけて戻って来たら、来客だった。
赤いドレスの真紅が、銀様と向かい合って椅子に着き、談笑していた。いつの間に来たのやら。
「お邪魔してるわよ」微笑んで真紅が挨拶する。
「あ、ども。こんにちは」「いいのよこんなやつに挨拶しなくても」と銀様がダルそうな声で言った。
それを聞いた真紅が「水銀燈、挨拶はとても大事なのよ。貴女もちょっとはあの人間を見習うべきじゃなくて?」
優雅に喋る真紅の顔は、相変わらずの穏やかな微笑みが見える。
「紅茶を飲みに来たとか、どうでもいい理由で来る奴には挨拶なんて必要ないでしょ?」
銀様が邪険な口調で言うと、真紅の表情が一転。苦虫を噛み潰したかのようになる。
どこからどうみても図星。
真紅は顔を背け、
「ち、違うわよ。どうせ水銀燈が寂しいだろうと思って…」「全っ然、寂しくもなんともないわぁ」
銀様は全然の部分を強調しつつ、テーブルに身を乗り出す。本当に楽しそうだ。
「そ、そう、な、なら・・・よかったわ……」「真紅、一つ言ってあげるけど、正直に用件を言わないと、水一滴すらださないわよぉ」
ぐっ。と声が聞こえた気がした。
「水銀燈・・・笑わ、ないでね・・・」伏せた顔を少し上げて、「家の茶葉が……きれたのだわ」
「アッハハハハハ!!馬っ鹿じゃなぁい!真紅ぅ!?」どうせバカみたいに飲んでたからでしょう!?
銀様がケラケラと、益々声を上げて笑うのに比例して、真紅の顔が紅葉する。

こほん。と顔を赤らめながらも咳払い一つ。
「ほら、言ったわよ。だから紅茶を淹れて頂戴」
「言ったからって、お茶を出してあげるなんて言ってないわよぉ?」水一滴くらいは出してあげましょうか。
お腹をかかえんばかりの勢いで、ケラケラと笑う銀様。
カタカタとテーブルに乗せた真紅の手が震え始める。臥せた顔からは表情は読み取れないが、滲出すオーラはまさに、悪鬼のそれだった。
「真紅さん!お茶、お茶なら今から用意するよ!ゴメンね。ちょっと出すのが遅れて!!」
ただならぬ気配を感じ、慌てて止めにはいる。おかげで上擦った声が出てしまった。

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ツマンナイわぁ。そう視線にのせて、銀様が無言で訴えかけてくる。 いやいや喧嘩どころか、殺し合いに発展する雰囲気だったぞ・・・。
一方、キラキラした視線を飛ばしてくるのは真紅だ。
「えーっと…インスタントしかないけどいい?」
「ええ、いいわ!是非そうして頂戴!」
「じゃあちょっと待っててね。あと、銀様は?銀様も飲む?」
飲むわよぉ。と簡潔に答えが返って来た。
俺の分も合わせて三杯だな。食器棚からマグカップを三つとった。


「はい、真紅さんお待たせしましたー」真紅の前にカップを置く。
真紅はありがとうと呟いて、一口飲んだ。カップを音を立てず、丁寧に置く。
「はい、銀様」
銀様にもカップを渡して、自分の分を取りに、もう一往復する。
「水銀燈」
真紅はカップから伝わる仄かな温さを楽しみながら、銀様の名前を呟いた。
「なによぉ」
「こうやって紅茶を飲むのって、何時間ぶりかしらね」
「さぁ、結構なんじゃないの?」
銀様は一見、適当に答えてるように思えるが、その表情はなんだか嬉しそうで、少し寂しそうな色を浮かべている。
「もう・・・随分経ったのね」
「真紅、ちょっと見ない間に老けたんじゃないのぉ?」
ポツリ、ポツリ、言葉が洩れ、そのまま俺の知らない昔の話になっていった。

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俺がいると、二人の邪魔になる気がした。
カップを一度傾けつつソファに向かい、深々と座った。背伸びついでに足を伸ばしておく。
紅茶が無くなるまではちびちびと味を楽――うおおおおいっ!!
足にモゾモゾとウゴメク何かがしきりに触れ、
「なにこれっ!?ナニコレなにこれ!!」
情なくも悲鳴を上げて飛び上がってしまった。
ソファの上に待避した俺は、足元でより激しく動くソレを恐る恐る覗き込む。
「ああ、忘れてたのだわ」いつの間にか、ピョンと一っ飛びしてソファの背持たれに立っている真紅。
「そう言えば忘れていたわねぇ」ふわりと重力を無視したみたいに銀様も反対側に降り立っている。

じたばたじたばたじたばたじたばた
もごもごもごもごもごもごもごもご

「紹介するわ。第三ドールの翠星石、一応私の姉なのだわ」

じたばたじたばたじたばたじたばたもごもごもごもご

「なんか苦しそうな感じが…よく見ると、この黒いの全部銀様の羽だし……一体どうしてこんなことに?」
所々、緑色と思われるドレスの生地と、コロネみたいに綺麗なロールがかった髪がみえる。
「オバカさんの真紅だと思って、出てくるところを本気で攻撃したわぁ」
「水銀燈のことだから、そうくると思って先に行かせたのだけど、正解だったようね」
そして互いに顔を見合わせて、優雅にウフフ、オホホと高笑いをしている場合ではないと思った。
言うのは恐かったから思っただけにしておいた。

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「じゃぁね水銀燈。楽しかったわ。また…来てもいいかしら?」
「私の羽で簀巻きにされたかったらいつでも来ていいわよぉ」
真紅は小さく笑って、よかった。と呟く。
「じゃぁ、また来てよ真紅さん」
「貴方、次から私のこと、真紅って呼んで頂戴。それと、その子の我侭に付き合いきれなくなったら、いつでも私のところに来てもいいわよ?」
まるで親しい友人に言うみたいに、小声で真紅は言う。
「なに私の家来に手を出そうとしてるのよ。ジャンクになりたいの?」
銀様の真剣な声音に、「あぁ怖いわ」と大袈裟に真紅がリアクションした後、じゃぁねという言葉を残して光に溶け込んでいった。

ちなみに翠星石さんは、サラリと真紅が代わりに紹介を終えた後、銀様と協力して、
いち、にの、さん。を合図に画面に放り込まれ、そのまま光に消えていきました。

翠星石さんを放り込んだあとの二人の笑顔は、映画で例えるなら、
『ズタ袋に入れた死体を、合図と共に海へ放り込んだ男達』を彷彿とさせるような表情だった。




「銀様、今日はすごく楽しそうだったよ」「そぉ?」
「うん、本当は明日にでも来て欲しいんじゃない?」「そう見える?」
そう、見えるよ。俺は返事をする。
「なら、そうかもね」銀様は自然な笑顔で答えた。
俺が空いたカップを片付けにテーブルへ向かうと、
「貴方は私のものなんだから、あんな目に悪そうな赤いやつの処に行っちゃダメよ」
背後から銀様の声が飛んできた。

---

それに真剣な顔を作って答えてやる。
「確かに銀様は人使い荒いし、我侭だし……」「え……」ショックなのか目を丸くする銀様。俺は真剣な表情を作って続ける。
「さらには猫より気まぐれだし…、出来る事なら真紅に仕えたいかも」
面食らったように硬直する銀様が一変。
駆け寄って、俺のシャツの裾を掴んで「絶対!絶対だめよぉ!貴方は私の家来、私の…ものよぉっ!!」
「必死」を体現する銀様の顔。

その表情につい小さな笑みが漏れる。
「確かに人使い荒いし乱暴だけどね、俺は銀様のそんなところに惹かれてるのかもしれない」
「なによ唐突に…そんなこと言われて喜んでいいのかどうなのか、微妙な気持ちだわぁ」
小さく笑った銀様がようやく俺のシャツを手放す。

「銀様。これからも貴女の側に、居させてくれるかな?」
「馬鹿ねぇ。さっきも言ったじゃない。貴方は私の家来、私のものなのよ。喩え貴方が嫌がっても、無理矢理にでもコキ使ってやるわよ?」
銀様がフンと鼻を鳴らしてから
「でも、自分からそれを望むなんて・・・呆れた人間」でも…私はそういう子は好きよぉ。
ちょっと膝立ちになりなさいとでも言うように、銀様が手で合図する。
頭をくしゃりと、銀様が撫でてくれた。
そんなことに慣れてないようで、少し痛かった。
ただ、それが俺にはとても嬉しかった。
傍から見ると、飼い犬とご主人様。とでも言った感じか。

「そういえば、今日の夕飯カレーだよ」「またなの?」
「作りすぎちゃったからね…」「我慢してあげるわぁ」
「お…!?」文句を言われるものとばかり思っていた俺は、驚きを隠せない。
「なによその顔。もしかして私が文句を言うと思ってたでしょ」
無言で頷き肯定する。
「…ったく、貴方、私のことそう思ってたの?」ちょっとショックだわぁ。
「いや!そうじゃないよ。残り物で申し訳ないな。って思ってね」
「そう」
と短く銀様。なんとか誤魔化せたようだ。
「昨日の残りってことは、温めたらすぐにできるわね」
時計を見、現在四時ということを確認した銀様が
「なら一緒に映画でも観ましょうよ」
俺の右手を掴んでぐいぐい銀様が引っ張る。
「カップの片付けを…」「そんなの後でいいでしょ」
手を引く銀様に連られ、銀様の要求に、我儘に、
しょうがないな。と思いつつも、どこか喜びに似た気分を感じながら、
「分かったよ」と笑顔で答えた。

---

おまけ


「この人の名前は?」
「…セガールだよ銀様」
うっとりとしながらスタッフロールを見つめる銀様。
映画の開始直後、「筋肉は?筋肉が全然でてこないじゃないの」と不満を漏らしていた銀様だったが、
アクションシーンが始まると唖然とした表情で固まっていた。
コキャコキャ響く、あらゆる骨の折れる音を聞いて、銀様の腕も少し動いていた。

「銀様って強い男の人が好きなんだね」「いざって時に守って欲しいわぁ」
言ってから、銀様は俺の腕を二度三度軽く叩いて、
「細いわぁ…頼りないわぁ」
ぼやいた。
「俺は銀様に守ってもらうからいいよ」
「なんなら身代わりに、盾になりなさい。盾に」
さらっとそんな事を言った銀様だが、一瞬止まってから、同じく俺の胸を数回叩いて、
「貫通するわね…」

「悪かったね全然役にたたなくて」
俺のどんよりとしたオーラを感じとった銀様が、
「ちょっとからかってみただけよぉ」慌てて銀様が言った。
上体を俺の方に倒して、俺の『薄い胸』に右耳を当ててくる。
「どうしてかしら、貴方の心臓、壊れそうなほどドキドキしてるわぁ」
「なんでだろうな。銀様が離れてくれたらなおる気がしてきた」
「このままジャンクにしてあげましょうか」
片手を俺の太股に載せて、見るからに気持よさそうに体を伸ばしている。
「壊さないでね」
苦笑しながら、銀様の頭をを数回撫でてやる。
「ねぇ。あと三十分ほど、こうしていましょう」
「お腹空いたよ銀様」
「あら、そう。残念だけど、私はあまり空いてないわぁ」
俺の意見はあっと言う間に却下された。
空腹な俺の腹が自己主張で、ぐうと音をあげそうになった。
これはもう、眠って耐えるしかないなと思った。
左半身に依然としてくっついている銀様が、
「もう頭撫でてくれないの?」
もちろんNOと断りきれない俺は、どうやら眠ることすら出来ないらしい。
お腹空いたよ、早くご飯にしようよ!
と、指先からこの念が伝わるように、ありったけの気力を注ぎ込んで銀様の頭をゆっくり撫でた。

すっかり銀様が寝てしまったことにより、この日の夕飯は、いつもより更に一時間半遅くなるのであった。

---

「あ、お帰りなさぁい」
開けたドアの音と、ガサゴソ騒がしいビニール袋の音に反応したらしく、銀様が迎えてくれた。
「うー、寒かった。ただいま」
最寄りのコンビニよりも近くに、チェーンのスーパーがある。
丁度牛乳の予備もきらしてしまったので出掛けてきたのだ。
「買えた?」
「うん。後ね、こんなのも買ってきました」
ガサゴソいわせながらステーキ肉のパックを取り出す俺。
おー。と声をあげる銀様だが、
「三割引、ってシールが・・・」「そこは見ないで頂きたい」

「それにしても帰ってくるのが遅かったわねぇ」
牛乳を冷蔵庫に詰め込む俺の背中に、銀様が声をかける。
そうかな?腕時計を見つつ、ソファの背もたれから両手と、顔を覗かせる銀様の元へ向かう。
時刻は九時二十五分。確に出てから一時間半ほど経っている。
「ちょっとコレを買うのに時間がかかったかも」
銀様に紙袋を渡す。
「なに、これ?」
「プレゼントって程でもないけどさ、寒くなってきたからね」
銀様はその袋の口に貼ってあるシールを、ペリッと開けると中のものを取り出した。

「マフラーね。モフモフしてて暖かそうねぇ」
薄オレンジ色のマフラーを手に、銀様がそれに顔をうずめたりしながら言った。
早速首に巻こうとする銀様だが思ったよりも大分長く、見るからに手間取っていた。
その様子を見て、綻んだ口をそのままに、手伝ってみる。

---

「思ったよりも長いわねぇ」
「思ったよりも長かったよ」
「でもこれくらいの長さでいいわぁ」
少し短目のものを選んで正解だった。
銀様には、ロングマフラーの一歩手前みたいな感じだ。
「どうかしら」
「すごくいいよ。こんな明るい感じの色も、やっぱり似合ってるね」
「ま、この私だから似合うのよぉ」
おどけた調子で言いながら、ぐるりとソファの周りを一周した銀様が、
「ねぇ、外に行かない?」即刻、ヤダ。と断った俺の手を牽く。
半ば強制的に、夜の散歩をすることになった。

「何ゆえ散歩?」
「折角貴方が買ってくれたんですもの、早速使いたくなったのよ」
「安物だけどね」
「・・・でも暖かいわぁ」
しばしの間、俺は銀様の横顔をちらちら見ながら歩く。

「不思議ねぇ」
その口から白い息が浮かび、消えた。そんな寒さの中、銀様がポツリポツリ喋る。
「私がここに来た時は、あんなにも暑かったのに」
銀様は目を閉じて、あの時を思い出しているようだった。

確かに、あれは初夏と言うのがしっくりくる季節だった。
よく銀様の我儘に振り回されていたっけ。いや、それはいまもそうかな。
とにかく、銀様が来てから、なんでもないただの一日を、日常を、楽しむことが出来るようになった。
全く面白くも無かった生活に、突然光が差し込むように、色がついたのだ。
いや、色だけではない。香りも、音も、温度までも感じられるようになった。
何もかも、変わった。心のどこかで、この我儘な天使に感謝する。

いつの間にか銀様が俺の顔を見上げながら言った。
「今ではこんなに寒くなったのね」
「まだ冬になりかけてるからね。これからも、もっと寒くなるよ」
銀様が唐突に、立ち止まって「寒い?」と聞いてきた。
上着も着ないでシャツだったことに今頃気付いた。
「少し寒いかも」
「ちょっと待ってなさぁい」そう言って、マフラーの余ったのを、俺の右手に巻いてくれた。
身長差と、マフラーの長さとを考えた銀様の最善策だった。
「ありがとう銀様」
右手だけほのあたたかさを感じる。
「もうすぐ来る冬が終わったら今度は春だよ。丁度反対側の方の公園の桜が、すごく綺麗でさ」
一度見てみたいわぁ。と呟く銀様に、
「まだ少し先だけどね」ちょっと気が早かったかな。
苦笑しながら言う。

---

ところどころに立っている、薄明るい光を放つ街灯を追っているとすぐだった。
公園に着いた。
何を話すでもなく、銀様に牽かれながら、ぐるりと周ることにした。
小さな公園なので、あっと言う間に一周してしまう。
「帰りましょうか」
銀様はもと来た道をさっさと歩いてゆく。
うん。俺が返事すると、
「そうだわ手を繋ぎましょうか」にこにこ顔で振り返る。
マフラーをとって、代わりに銀様の小さな手が重なる。

「手が震えてるわよ?」
手どころじゃない。寒さで体まで震えてる。
「銀様の方が震えてるんじゃないの?」
冗談半分強がる俺を、おばかさんね。と小声が響く。「でも、多少温くなったよ。ありがとう銀様」
「繋ぎたくなったからしただけよぉ。感謝されても困るわよ」
繋いだ手から微かな動揺が伝わる。
「早く、か、帰るわよ!」照れ隠しに早歩きになる銀様の手を、軽く握り返して、ついてゆく。

---

銀様は、何段か積んだクッションに座り、コタツに半身を入れた状態で、
「…退屈だわぁ」
と、並べたみかんの隣に頭を置いて、なにやら一人ごちた。
続けて真剣な顔で、向かいに座る俺を見つめる。
何を考えてるか知らないが、取り敢えず、
「コイツをいただくよ」
銀様の顔を先頭に、横に並んだ三つのみかんの内の一つに、ゆっくりと手を伸ばす。

「あっ、待って!」
銀様がすかさず右手をテーブル上にだし、俺の手を止めようとする。
悲しいことに、慌てて出した銀様の手が、俺が取ろうとしていたみかんを押し出す事になった。
「ありがとう銀様」
転がるみかんをキャッチして、早速爪を皮に押し当てる。
「ち、違うの!止めて、そのみかんは私が選りすぐった、可愛い子なのよぉ!」
「そう聞くとますます食べたくなってくるなあ」
そもそも、可愛いの基準って何なのだろうか。
皮の綺麗さとか、大きさかな?
そんなことを思いながら、放射線状に皮を剥いてゆく。

「酷いわぁ…。悪魔よ、貴方」
一粒口に入れた俺に、半べそをかきながら、銀様が呟いた。
「食べたかったんだから仕方無いじゃないか。もう残ってるのこれだけだし」
頬を膨らませて、再びミカンの側に頭を置いた銀様。
目は親の仇を見るように、冷たい炎がチラついている。
「また明日にでも買ってくるから、そんなに怒らないでよ」
一粒むしって、銀様に、
「はい。あーん、て口開けて」
パクッ。
俺が放り込むままに、銀様が食べた。
「美味し…許さないわよ」
「一瞬美味しいって言わなかった?」
「言ってないわぁ」
「銀様も食べたんだし、共犯でおあいこね」
「今日の夕飯なぁに?」
「…まだ決めてないな。冷凍のギョーザでもしようかな」
「絶対に二、三個貴方の分を奪ってやるわぁ」
数時間先の、来るべきその時を見越して、その顔は復讐に満ちた笑みを浮かべた。

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俺は新聞を広げ、銀様はみかんを左右に転がして遊んでいる。
暇。ここに極まれり。
折角なので、銀様が右手から左手へ転がしたみかんを素早く止めて、取ってみる。
あ…。と固まった銀様の顔を見て、
「ただ取ってみただけだよ」
苦笑しながら銀様の下へ返してやる。

銀様は両手にみかんをしっかりホールドしながら、俺の目をじっと見て、
「私を困らせて楽しんでない?」
今更気付いたようだ。
「銀様の困った顔がとても可愛いから、つい。ね」
「全然言い訳になってないわよおばかさん」
銀様の口元が綻ぶ。
フフ。と小さく笑った銀様に、
「なにか俺おかしいこと言ったかな?」
そう尋ねても銀様は、
「別にそんなことないわよぉ」とだけ答えて、再びみかんを転がした。

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